ソープ嬢

福原といえば、ソープ好きなら誰もが知る日本でも有数のソープ街であり、西日本でも最大規模のソープ街です。
福原遊郭から続くこの風俗街では、今でこそソープランドが数多く建ち並ぶ場所となっていますが、昔はソープランドともう一つ非合法のソープと言うべきものがありました。
平成に入る頃にはもはやほぼ完全に消えてしまったと言われる福原の独特なソープ、それは一体何だったのでしょうか。

◆ その名も「浮世風呂」
かつて存在した福原の独自ソープは、その名を「浮世風呂」と言います。
同名の物に文化6年(1809年)~文化10年(1813年)にかけて刊行された式亭三馬の浴場を舞台にした滑稽本がありますが、この名称は江戸時代の銭湯の事を指す言葉で、福原の浮世風呂も銭湯という意味で使われていたものと推察されます。

浮世風呂は、1958年に売春防止法が施行された時、福原にある遊郭はその全てが廃業となり、その残された建物を利用して行われていました。
座敷の横に風呂が付いていて、座敷でお酒や食事を楽しんだり、風呂で湯女と入浴したりという内容で、仕組み的には現在のソープランドとほぼ同じと言えます。
お値段は、昭和50年代の頃で40分8,000円ほど。
和製ソープなんて呼ばれ方をしますが、まさにその通りだったというわけです。

◆ 営業していた期間は?
浮世風呂が営業していたのは、昭和30年代末頃~昭和40年代の10年ほどで、昭和50年代には急激にその数を減らしていたようです。
浮世風呂は非公認の風俗であり、いわゆる闇風俗。
認可を取って営業しているトルコ風呂と違い摘発の対象となっていたため、摘発されたり業種替えをしたりして、急激にトルコ風呂に取って変わっていったというわけです。

◆ 今でも遊べる?
古き日本の風俗とも言える浮世風呂ですが、残念ながら今の福原で遊ぶことはほぼ不可能でしょう。
遊郭の建物をそのまま利用して行われていた風俗なのですが、そもそもその時代の古い建物がほとんど残っていません。
遊郭時代の建物は老朽化が進んでいた所に阪神淡路大震災が発生し、その当時の建物は軒並み無くなってしまいました。
建て直された際に和風建築から洋風建築にしてしまったりで、似た雰囲気を探すというのも難しいでしょう。

どうしてもというのであれば、福原で唯一の和風ソープである『湯女華』という格安ソープがそれに近いかもしれません。
少なくとも洋風の豪華絢爛な他のソープランドよりは、昔の福原を思い起こせるお店ではないでしょうか。

平成も終わりを告げ新しい時代となる現在では、昭和というのはとても古い時代に感じられるというもの。
もう楽しめない風俗ではありますが、福原の歴史を刻む風俗の一つとして覚えておきたいものです。